日本製鋼所「技報74号」
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Ni基超合金IN-100の高温変形におけるプロセスマップ2.1 供試材と実験方法(22)近年の世界情勢の不安定化を起因とした天然ガスや石油価格の高騰に伴い、欧州をはじめとした各国はこれまでのエネルギー安全保障政策の抜本的な転換を迫られた(1)。エネルギー資源に乏しい我国においても、電力価格の高騰や慢性的な電源予備率の逼迫に見られるように、エネルギー安定供給における脆弱性が顕となり、今後、S+3E、すなわち安全性(Safety)、安定供給性(Energy Security)、経済効率性(Economic Effi ciency)および環境適合性(Environment)に立脚した持続可能な開発がますます重要となる。このような観点から、一次エネルギーに占める割合の大きい火力発電分野(2)や、今後需要の増加が見込まれる航空機分野において用いられる耐熱材料の、高温強度向上による高効率化は重要な社会的要請である。種々の耐熱材料の中でも高温強度に優れる析出強化型Ni基超合金は、ジェットエンジンの燃焼器やターボチャージャーに用いられる。その高温強度は、主にNi-γ母相に対して微細整合に析出するNi₃Al-γ’相によりもたらされる(3)。γ’相体積率の増加と共に高温強度は増加する一方、熱間加工性はトレードオフの関係にあるため、鍛造合金の場合には、体積率の上限は40 %程度とされている(4)。一方、塑性加工を伴わない鋳造合金の場合は、γ’相体積率をより高めることで、鍛造合金に比べて優れた高温強度を有するものが多い。既存のNi基超合金の中でも最も高い水準の高温強度と低密度を兼ね備えたIN-100は(5),(6)、多結晶鋳造合金としてジェットエンジンブレードに用いられるほか、粉末冶金(Powder Metallurgy : PM)プロセスによりディスク材にも用いられる(7)。しかし、PMディスク材の製造にはGatorizingTM法と呼ばれる超塑性加工を用いる必要があり、複雑で高コストな製造プロセスとなっている(8),(9)。このような難加工性材料を従来の溶解鍛造プロセスで製造するためには、熱間鍛造可能な温度・ひずみ速度の条件を評価する必要がある。この熱間加工性の評価には、Prasadが提唱した動的材料モデルに基づいて熱間加工性を定量評価するプロセスマップの手法があり、広く金属材料の安定変形領域の評価に用いられている(10),(11)。プロセスマップは初期組織に大きく依存するため、鋳造材の熱間加工性評価には、鋳造材の実験を基に構築したプロセスマップが必要である。しかし、IN-100のプロセスマップはPM材に関する報告があるのみで、鋳造材の安定変形領域は明らかでない(12)。本報では、IN-100の鋳造材における高温変形のプロセスマップを作成し、安定変形領域を評価するとともに、既存の鋳造材における変形機構の特徴を明らかにした。供試材は、表1に示す組成のIN-100鋳造材である。鋳塊は高周波誘導溶解にて溶解した溶湯を、φ70 mmの円柱形状の鋳型に注湯することで8 kgの鋳塊を溶製した。鋳塊外周部の柱状晶形成領域より、圧縮方向が鋳塊半径方向に平行になるようφ8×12 mmの円柱圧縮試験片を採取し、富士電波工機製THERMECMASTOR-Z®にてひずみ速度制御による熱間圧縮試験を実施した。試料はγ’相の固溶温度以上の1250 ℃で300 s保持した後、熱間圧縮温度にて300 sの均熱化を施し、種々のひずみ速度で公称ひずみ45 %まで圧下し、N₂にてガス急冷を施した。得られた流動応力-真ひずみ曲線に対して、付与した仕事の90 %が熱になると仮定し(13)、以下の式にて加工発熱に伴う温度上昇量を見積もった。ここで、ρは試験片の密度、cは熱容量である。積分項は真応力−真ひずみ曲線より計算され、種々の真ひずみにおける温度上昇量を算出した。各ひずみ、ひずみ速度における真応力の対数と絶対温度の逆数の関係を直線近似し、直線の傾きと(1)式による温度上昇量を考慮し、真応力の発熱補正を行った。なお、摩擦補正については、発熱補正に比べて真応力への寄与は小さい(14)ことから実施していない。各試験条件において得られた補正応力を用いて、次項の手順でプロセスマップを構築した。熱間圧縮試験材について、組織観察と電子線後方散乱回折(Electron Backscattered Diff raction :EBSD)法による結晶方位解析を実施した。組織観察用試料は、圧縮後試験材を、圧縮軸方向に平行かつ試験片中心部を通る面で2分割に縦断し、これを#1200まで機械研磨後、3 µmおよび1 µmのダイヤモンドペースト(DP)によるバフ研磨で鏡面とし、電解エッチングを施し作製した。EBSD測定を行う試料は、DPによる鏡面研磨後にコロイダルシリカによるバフ研磨を施した。組織観察には、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM: JSM 7100F)を用いた。表1 IN-100の化学組成(mass %)日本製鋼所技報No.74(2023.11)(1)技術論文1. 緒 言2. 実験方法

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