日本製鋼所「技報76号」
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技術論文(10)1. 緒  言半導体レーザは利得媒体として化合物半導体を利用するレーザ発光素子であり、これまでテレコム通信用レーザ、加工用/照明用青色レーザ、記録媒体用赤色レーザ、プロジェクター用緑色レーザ、光ディスクドライブやレーザプリンター用の赤色レーザを含む様々な光波長で活用され、世界的な産業を支える重要な役割を果たしてきた。原理的には、半導体中の電子と正孔の再結合に基づき動作し、印加された電気エネルギーが光子として放出され、コヒーレントな光ビームが生成される。近年、新たなアプリケーションとして、医療、ヘルスケア、美容、宇宙、防衛、エンターテイメント、ディスプレイ、車載ヘッドライト、LiDARを始めとする3Dセンサー、データセンタ通信用にレーザ技術が進化し、工業生産における革新的なソリューションを提供する期待が高まっている(1),(2)。一方、半導体レーザは、その構造により端面発光レーザ(Edge Emitting Laser:EEL)と垂直共振器面発光レーザ(Vertical Cavity Surface Emitting Laser:VCSEL)に大別できる。VCSELは低コスト製造が可能で温度安定性が高いが、光出力が小さいため、LiDARや3Dセンシング、近距離光通信に用いられ、2027年に43億ドル規模に拡大する市場である。EELは高周波かつ高出力で動作することが可能であり、長距離・大規模の光通信、レーザ加工、医療レーザメスに適している。市場規模は、VCSELよりも大きく2030年までに60億ドル規模に拡大すると予想されている。EELでは、基板に対して端面(側面)に光を出力するため、活性層の両側に光学(誘電体)膜を配置し、分散型ブラッグ反射(Distributed Bragg Reflector:DBR)型共振器を形成する。半導体レーザにとってDBRは寿命や光損失を決める重要なファクターであり、高純度で高精度の膜が要求される。EELへのDBRは様々な成膜法(真空蒸着、DC/RFスパッタなど)で形成可能であるが、無加熱で高品質な成膜が可能な電子サイクロトロン共鳴(Electron Cyclotron Resonance:ECR)プラズマスパッタリング(以下、ECRスパッタ)法が、高品質が求められる素子形成に採用されてきた(3)〜(8)。しかし、基板の両端面にDBRを形成する必要があるEELでは、例えば、低反射(Anti Reflection:AR)膜を形成した後、一旦、デバイスを真空から大気に取り出し、作業員により手動で反転させ、再び装置に搬入し真空排気した後、他面に高反射(High Reflection:HR)膜を形成する必要があった。そのため、製造プロセスの長時間化や、手作業による作業ミスの発生、ならびに大気への取り出しによってDBRを形成していない面が酸化し、レーザ物性の劣化を招くといった複数のデメリットが発生した。これらの課題から、顧客よりECRスパッタ法における真空一貫プロセスの省力化と高生産性が求められるようになった。加えて、EELのAR膜とHR膜は、反射率を調整するために光学膜厚をターゲット波長(λ)のλ/4に調整する必要がある。特に紫外光領域を中心波長としたDBRは、短波長であるため各層の光学膜厚が数十 nm程度と薄基板反転および基板昇降機構を搭載したフォトニクスデバイス用ECRスパッタ装置の開発く、成膜速度と膜厚分布を微細に調整できる制御性が求められる。本報告では、フォトニクス分野における顧客要望に基づき、当社とJSWアフティ社が共同で新規開発した基板反転機構および基板昇降機構を搭載したフォトニクスデバイス用ECRスパッタ装置の構成および代表的な成膜特性について述べる。図1 ECRスパッタ装置の基本構成図2 ECRプラズマ生成原理2. 装置基本構成とECRプラズマECRスパッタ装置の基本構成を図1に示す。大きく分けて真空排気系と試料台を持つ成膜室(Sample Process Chamber:SPC)と、電子サイクロトロン共鳴プラズマを発生させるECRプラズマ室から成る(3),(4)。SPCとECRプラズマ室を一旦高真空に真空引きした後に、ガス導入口からプロセスガスを導入し、0.1 Pa程度の真空状態とする。その後、磁気コイルによりECRプラズマ室内に磁場を印加し、ECRプラズマ源底部にある導入窓からマイクロ波を導入することによりECRプラズマが発生する。

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