日本製鋼所「技報76号」
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技 術 論 文3. 新規開発装置の構成基板反転および基板昇降機構を搭載したフォトニクスデバイス用 ECR スパッタ装置の開発(11)図 3 AFTEX-6500 の装置外観図日本製鋼所技報 No.76(2025.11)図 2 は、ECR プラズマ室で形成される ECR プラズマの生成原理の概略図である。ガスが導入された SPC およびプラズマ室は 0.1 Pa 以下の低圧となっており、プラズマ室に導波管を介して、周波数 ω のマイクロ波が導入される。また、プラズマ室の外部に設置された磁気コイルからは、磁場 B がプラズマ室に印加される。磁場中で電子 e- はローレンツ力 Fを受けて、サイクロトロン周波数ωc に従って、磁力線方向に向かって右回りのサイクトロン半径 r で回転運動をする(9)〜(13)。e を素電荷、v は荷電粒子の速度、m は電子の質量として下記式で示される。マイクロ波はプラズマ室に伝搬し、電子サイクロトロン波と呼ばれる右回りの円偏波を励起する。この円偏波は、ω = ωcとなる共鳴層(ω c を与える磁場領域)で急激に減衰しエネルギーが電子に吸収される。これは、共鳴層で電子の回転方向とマイクロ波電界の偏波面が常に一致するため、電子の運動が加速することにより促進される。本装置は、国際電気通信連合(ITU)が割り当て、日本では J 規格:J55011(H27)として指定された周波数である 2.45 GHz のマイクロ波を用いており、このときの共鳴磁場は 87.5 mT である。この回転運動の周期と電磁波の周期が一致した場合、電子は回転周期を保ちながら、電磁場のエネルギーを吸収し、次第に回転半径を増大させながら回転する。このため、電子の運動エネルギーは増大し、電子衝突によるガス分子の電離確率が高まり、電子が大量に放出されることで連続した高密度プラズマが発生する。磁気コイルから発生する磁場は、磁気モーメントを有するため、発散磁場中に電子が置かれると、磁場勾配に沿って電子はプラズマ室から SPCに向かって加速しながら移動する。一方、電離した正イオンも電子に引かれるように SPC に向かって移動する。したがって、プラズマ室から SPC に向けて電子と正イオンを含むプラズマ流として荷電粒子が引き出される。ECR プラズマではプラズマを引き出すために外部から磁場や電場を印加する必要はなく、発散磁界により自動的にイオンが引き出される特徴がある。ECR プラズマにより生成されるイオン電流密度は、10 mA/cm2 レベルの非常に高い電流密度である(5)〜(7)。一方、ECR プラズマと試料表面にできるシース電位により、イオンは基板に到達するまでに 10 eV 〜 30 eV 程度のエネルギーを得る。この程度のエネルギーは半導体素子にダメージを与えることなく、分子の化学結合を促進するのに最適である(10)。ECR スパッタ装置では、図 1 に示すようにプラズマ室からSPC に向かう引き出し口に原料となる円筒型ターゲットを設置しており、プラズマ流は、この円筒型ターゲットの中央部を通過して基板に照射される。一方、ターゲットには 13.56 MHzの高周波(RF:Radio Frequency)電力が印加され、ターゲット近傍のイオンをターゲット表面に引き込み衝突させることで、スパッタリング作用により基板上に薄膜が形成される。ここで円筒型ターゲットに純金属を用い、酸素(O2)ガスや窒素(N2)ガスを供給すると、活性化した ECR プラズマにより基板上で酸化または窒化反応が起こり、無加熱でも高品質な金属酸化膜・窒化膜を得ることができる。図 3 に、新規開発したフォトニクスデバイス用 ECR スパッタ装置(AFTEX-6500)の装置外観図を示す。表 1 に従来の ECR スパッタ装置(AFTEX-6200)と比較した諸元表を示す。両装置は EEL の HR コートおよび AR コートの形成に最適な多層誘電体膜の成膜装置として ECR プラズマ室を2 基搭載しており、オプションでプレーナマグネトロンスパッタを2 基まで搭載可能である。AFTEX-6500 では、新たに基板中心と円筒型ターゲットの距離(T-S 間距離)を任意に変更することができる基板昇降機構と、真空中で基板を反転することができる基板反転機構を完備した。

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